ネパールの少年

インドやネパールでは外国人観光客が物乞い(ものごい)の子供たちにとりかこまれることはよくあります。悲しい顔をしてもの乞(こ)いされるので、気の毒になります。しかしお金を与えても彼らの生活を変えることはできないし、そもそも恵んだお金は子供たちにものごいをさせているマフィアの資金源になるといわれています。ですから私は基本的にこどものものごいには慈悲(じひ)を施(ほどこ)さないことにしています。

カトマンドゥーからローカルバスに揺られて1時間ほど行ったところにバドガオンという古都があります。バスから降りると、すぐに数人の子供たちに取り囲まれました。そのなかにいたひとりの男の子は物乞いをする代わりに私に親しく話しかけてきました。

比較的じょうずな英語で「マダム、僕に日本語を教えてよ」といってずっと私についてくるのです。「君はどうして英語が話せるの?」ときいてみると、こうして欧米の観光客についてまわって英語を覚えたのだそうです。ドイツ語とフランス語も少しできると披露してくれました。だから次は日本語を話せるようになりたいんだそうです。少年はラジェンドラという名前で10才だといっていました。

ビジネスになる外国語以外はノーサンキュー

私はこのちょっと変わった少年に興味を持ちました。実際、インドの仏跡地(ぶっせきち)を訪れる日本人観光客についてまわって日本語を覚え、今ではツアーオペレーターとしてビッグビジネスマンになったインド人を知っています。学校に行かなくてもこうして外国語を習得してたくましく生きている人々がインドやネパールにはいるのです。

そこで私はバドガオンの町をラジェンドラといっしょに歩いてみることにしました。「私は日本人じゃないわよ、ジンバブエから来たの」とちょっとからかって嘘をついてみました。「だからジンバブエ語をおしえてあげようか?」(もちろん私はジンバブエ語など知るわけもありませんが)

怪訝(けげん)そうな顔をして私のことをじっと見てからラジェンドラは、「ジンバブエ語はノーサンキュー」というのです。私が「なぜ?」と聞くと「ビジネスにならないから」との答え。さらに、
「それにマダムはジンバブエの人じゃないと思うな」「どうしてそう思うの?」「テレビでサッカーの試合を見たんだ。ジンバブエの人たちは色が黒かった」(あたまいいね)

いけにえのバッファロー

バドガオンの中心地にあるカーリー女神をまつる祠(ほこら)のところに来ると、多くの人が集まっていました。ちょうど何かの祭りでバッファローを「いけにえ」にささげるところでした。バッファローの首の動脈にナイフをさっと入れるとすごい勢いの血しぶきがあがり、神様の祠に吹きかりました。ラジェンドラに「このバッファローはこの後どうするの?」と聞いてみました。「食べるんだよ」「だってあなたたちはヒンドゥー教徒で、牛は食べないんでしょ?」「これは牛じゃない、バッファローだ。モモにするとおいしいんだよ」

その寺院のあたりで、「僕はこの近くに住んでいるんだよ」というので、「あなたのおうちに遊びにいってもいい?」と聞いてみました。小さな部屋にたくさんの家族がいるけど それでもよければ行ってもいいというのでお邪魔してみることにしました。本当に小さな一間(ひとま)におじいさん、おばあさん、お母さん、弟、妹など何人いるかわからないくらいの人数の家族がいました。ラジェンドラの家族は外国人の私たちがフラっとやってきたのに、驚く様子もなくニコニコしていました。

将来の夢

ここまではなんとなく旅先のいい話なのですが、実はこの先のできごとは、いまだに真偽(しんぎ)がわかりません。ラジェンドラは将来 目の医者になりたいという夢を語り始めました。なぜ目の医者なのかというと、友達が目を患(わずら)って失明したので将来そういう人を助けてあげたいからなのだそうです。さらに「医者になるためにもっと英語の勉強をしたいのだけれど、僕のお父さんは英語の辞書を買うお金がない。だからマダム、買ってくれない?」一冊日本円で1000円ほどのウエブスター英・英辞書が欲しいと とても明確でした。

もし辞書を買ってあげて、本当にラジェンドラが医者になれる道がひらけばいいのですが、買ってあげた辞書を売った本屋に返して現金を手にしたら、「1ルピー」物乞いしている同じ年の子供たちより高収入の物乞いをしたことになるわけです。

散々迷った挙句(あげく)、私はラジェンドラにウエブスターの英・英辞書を買ってあげることにしました。辞書を手にしたラジェンドラはうれしそうな顔をして辞書を抱きしめました。この本で将来医者になるのも、売り払って現金にするのも、それはラジェンドラの問題だと思うのです。

モモ

カトマンドゥーへもどるバスが出る時間になるとラジェンドラは町はずれの遠距離バスの発着場まで私を見送ってくれました。帰り道ではほとんど英語の話せない同じ年くらいの少年が二人合流しました。バス停付近ではバス待ちをしている客に、いい匂いのモモを売っていました。ラジェンドラは「マダム、僕と友達にモモを買ってくれない?僕のお父さんはお金がないからモモを買えないんだ」

私は、「さっき私が買ってあげた辞書でたくさん勉強して目の医者になれば、自分の稼いだお金でたくさんモモを買えるよ」

ラジェンドラは巧(たく)みなペテン師だったのか、ネパールの名医になる金の卵だったのか、今それを調べるすべはありません。

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